学会員論文紹介

近著論文の解説

SARS-CoV-2 感染症の老化関連重症化モデルにおける肺血管内皮細胞へのウイルス取り込みと病態変化


積田卓也 1† 武田遼 1† 間石奈湖 1 樋田泰浩 2 佐々木道仁 3 大場靖子 3 佐藤彰彦 3.4 鳥羽晋輔 3.4 伊藤航 1 手代木孝仁 1 桜井優弥 1 射場智大 5 内藤尚道 5 安藤仁 5 渡辺陽久 1 水野天音 1 中西俊希 1 松田彩 1 任子驍 1 李智媛 1 飯村忠浩 1 澤洋文 6.7* 樋田京子 1*


(†共同筆頭著者、*共同責任著者)
1北海道大学大学院歯学研究院、 2藤田医科大学医学部、 3北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所、 4塩野義製薬株式会社、 5金沢大学大学院医薬保健学総合研究科、 6北海道大学One Healthリサーチセンター、 7北海道大学ワクチン研究開発拠点

対象論文

  • Viral uptake and pathophysiology of the lung endothelial cells in age-associated severe SARS-CoV-2 infection models

  • Aging Cell. 2023 Dec 14:e14050.
  • doi: 10.1111/acel.14050.
    URL: https://doi.org/10.1111/acel.14050

学会員責任著者:樋田京子(北海道大学大学院歯学研究院血管生物分子病理学教室)

論文サマリー

【背景】

新型コロナウイルス感染症は2019年末に初めて報告されてから約4年が経過し、現代社会に未曾有の被害をもたらしました。その原因ウイルスであるSARS-CoV-2の感染により引き起こされる病態には個人差がありますが、特に高齢者で重篤化しやすいことが知られており、「加齢」が最大の重症化リスク因子であると考えられています。また血栓症が死因のひとつであり、これは他の呼吸器感染症に比べて特徴的です。

ウイルス感染の入り口に当たる肺の構造に着目すると、肺は肺胞壁と呼ばれる非常に薄い構造を境に生体の内側と外側が区別されています。「肺血管内皮細胞」は肺胞上皮細胞を裏打ちし、生体内外の物理的バリアである肺胞壁を構成しています。ゆえに、肺局所でのウイルス感染に起因する致死的病態機序として肺血管内皮細胞は非常に重要な役割を担っていると考えられ、サイトカインストームと呼ばれる全身性の強烈な炎症反応や血栓形成の異常亢進といった重篤な病態形成に強く関与していることが想定されていました。

しかしながら、これまでの研究ではヒト重症化病態を再現するマウスモデルが確立されていなかったことに加え、培養血管内皮細胞はウイルスに低感受性であることや、感染動物からの肺血管内皮細胞の調整には設備的・技術的なハードルがあることから、若齢と高齢宿主の肺血管内皮細胞におけるSARS-CoV-2感染後の細胞応答がどのように異なるのか不明のままでした。

【研究手法】

我々の研究グループは先行研究でマウスへの感染性を獲得したSARS-CoV-2ウイルス変異株を樹立しており、高齢マウスで重症化することを報告しています。そこで、今回の研究では同ウイルスを若齢マウスと加齢マウスに感染させ、肺組織を病理組織学的に解析しました。また、ウイルス感染肺から血管内皮細胞を単離し、若齢群と加齢群の肺血管内皮細胞における遺伝子発現を比較することで重症化病態における血管内皮細胞の分子病理学的変化について検討しました。

【研究成果】

SARS-CoV-2感染で特に症状を呈さない「若齢マウス」と致死的な症状を呈する「加齢マウス」の肺組織像の比較解析によって、加齢マウス肺では好中球浸潤亢進を伴う広範囲な炎症病変が観察され、CD41陽性の血小板を主成分とする血栓を内腔に含む血管が多く見られました(図1)。

図1

図1. SARS-CoV-2感染肺の炎症病変と血管内腔に観察された血小板血栓の病理像と定量結果

また、肺から血管内皮細胞のみを単離し、血管内皮細胞に含まれるSARS-CoV-2ウイルス遺伝子を定量したところ、加齢マウスの血管内皮細胞でより多くのウイルス遺伝子が検出され、血管内皮細胞にSARS-CoV-2ウイルスが取り込まれていることが確認されました (図2)。

図2

図2. マウス肺血管内皮細胞におけるSARS-CoV-2ウイルス遺伝子の定量結果 (左)とウイルスタンパク質の検出 (右)

続いて、単離した血管内皮細胞の遺伝子発現情報をRNA-seqにより取得し、パスウェイ解析やGene Set Enrichment Analysisを実施したところ、炎症反応や白血球接着、血栓形成関連反応の亢進を示唆する遺伝子発現変動が認められ (図3)、病理組織像を支持する遺伝子発現変化が血管内皮細胞にも生じていることが確認されました。

図3

図3. 加齢マウス由来肺血管内皮細胞で炎症応答や白血球接着、凝固関連遺伝子群の亢進が認められる。

本研究結果により、新型コロナウイルス感染症重症化病態形成の分子的背景として、肺血管内皮細胞におけるウイルス取り込みと細胞応答には若齢個体と加齢個体で相違が存在することが示されました(図4)。

図4

【今後への期待】

重症化マウスではSARS-CoV-2感染後に肺血管内皮細胞において、より強い炎症反応と血液凝固促進応答が生じていたことから、血管内皮細胞を標的とした重症化予防法や治療法開発が期待されます。また、重症化病態では可溶型P-selectinに代表されるような血管内皮細胞由来の液性因子が血中でも検出できることから、本研究に基づく重症化予測マーカーの開発も期待されます。

著者コメント

本研究は若齢マウスと加齢マウスから血管内皮細胞を単離し、そのフェノタイプの違いを評価するという非常にシンプルな研究コンセプトであるものの、これまで腫瘍血管を主戦場として研究してきた我々にとって感染症領域での研究は想像していた以上に大変なものでした。

全てのウイルス感染実験は樋田研がある北大歯学部から1キロ以上離れた北キャンパスエリアにある北大人獣共通感染症国際共同研究所のBSL3施設で実施しており、白いタイベックに身を包み、息苦しいN95マスクに加えて、電動ファン付きの呼吸用保護具であるバーサーフローを着用して実験を実施するというのは、それだけで当初は大変な疲労感を感じるような状況でした。更に、歯学部と北キャンパスを行ったり来たりするのも楽ではなく、特に冬場は吹雪の中歩いて両施設を移動するようなこともあり、そういった意味での大変さもある研究でした。そして何より、パンデミック真っ最中の中で「安全に研究を遂行する」という強烈なプレッシャーの中で、感染肺から無事に血管内皮細胞を単離できた時の安堵感と喜びは今も忘れられない経験です。

共同筆頭著者の2人

共同筆頭著者の2人。左が積田、右が武田

樋田研のメンバー

樋田研のメンバーと。前列中央が積田、後列一番左が武田

本研究の実施にあたっては本当に多くの方々に協力を頂きました。感染実験に関して全面的にご指導を頂いた人獣共通感染症国際共同研究所の澤先生をはじめとする関係者の皆様、バイオインフォマティクスに関してご協力頂いた金沢大の内藤先生・射場先生、画像解析で協力頂いた北大歯学部薬理学教室の飯村先生・李先生、そして本プロジェクトに全面的に協力して頂いた樋田研ラボメンバーの皆様にあらためて心より感謝致します(積田)。

活用したデータベースにかかわるキーワード

COVID-19
血管内皮細胞
加齢

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