学会員論文紹介
近著論文の解説
Mast cell-derived prostaglandin D2 limits the subcutaneous absorption of honey bee venom in mice
~ハチ毒の吸収を抑える生体防御機構の発見~
藤原祐樹 1) 中村達朗 1) 前原都有子 1) 林亜佳音 1) 有竹浩介 4) 村田幸久 1.2.3)
東京大学大学院農学生命科学研究科 放射線動物科学研究室 1)
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医薬理学研究室 2)
東京大学大学院農学生命科学研究科 食と動物のシステム科学研究室 3)
第一薬科大学薬学部 薬品作用学分野 4)
要旨
皮膚に多く存在するマスト細胞と呼ばれる免疫細胞は、ハチに刺されたり、ヘビに咬まれた際に、侵入してくる毒から体を守るための重要な役割を果たすと言われています。我々は、ハチ毒によって刺激を受けたマスト細胞から出るプロスタグランジンD2(PGD2)が、ミツバチの毒に対する宿主の防御を強化し、毒の吸収を抑制することで、生体を毒から守る働きを持つことを新たに発見しました。その機構として、マスト細胞から産生されたPGD2は皮膚の血管のバリアを強固にすることで、毒の吸収を止めることも明らかにしました。
研究の内容
・ハチ毒を野生型(WT)マウスの皮下へ投与すると、その体温が低下しました。マスト細胞を欠損したマウス(KitW-sh/W-sh)にハチ毒を投与すると、WTマウスよりも有意な体温低下をもたらしました。ハチ毒の投与後にすべてのWTマウスは生存していましたが、マスト細胞を欠損したマウスはほとんど(4/5)が死亡しました。つまりマスト細胞はハチ毒に対する生体防御に必要であることが分かりました。
・WTマウスから単離したマスト細胞をマスト細胞欠損マウスに移植しておくと、ハチ毒の投与によるマウスの体温の低下と生存率の低下が回復しました。一方で、PGD2産生能を欠いたマスト細胞をマスト細胞欠損マウスに移植しても、ハチ毒投与後に見られる体温低下や生存率の回復は見られませんでした。
・マスト細胞特異的にPGD2産生能を欠いたマウス(Mcpt5Cre+ H-pgdsfl/fl)ではやはり、皮下にハチ毒を投与した際の体温や生存率の低下が著しく悪化しました。ハチ毒を投与したWTのマウスの皮膚ではPGD2が産生されており、マスト細胞特異的にPGD2産生能を欠いたマウスではこれが減少しました。
・生体内イメージング技術により、蛍光標識したハチ毒の吸収を観察したところ、Mcpt5Cre+ H-pgdsfl/flマウスの皮膚では、毒の吸収が早まることが分かりました。また、血中のハチ毒濃度を測定したところ、皮下に投与したハチ毒の血中濃度が、このマウスでは高いことが分かりました。
・生体内イメージングの結果から、WTマウスでは皮下に投与されたハチ毒は、リンパ管によって吸収されていく様子が観察されました。しかし、マスト細胞特異的にPGD2産生能を欠いたマウスでは、リンパ管に加えて毛細血管からも毒が吸収されていく様子が観察されました。皮膚組織の免疫染色をおこなったところ、このマウスの毛細血管の内皮細胞では、バリア機能を担う接着結合分子が断裂しており、毒が吸収されやすい状態になっていることが分かりました。
・血管内皮特異的にPGD2受容体を欠損した(Cdh5Cre+ERT2 Dpfl/fl)でもハチ毒の皮下投与による体温低下や生存率が悪化することが確認されました。
結論と意義
これまでマスト細胞は、ヘパリンやプロテアーゼを放出することで、ハチ毒を無毒化する働きを持つことが示唆されてきました。今回の研究では、ハチ毒によって活性化したマスト細胞が出すPGD2という物質が、血管内皮細胞のDP1受容体を刺激して、皮膚血管のバリア機能を促進し、ハチ毒を皮膚に留めて吸収を抑えることを発見しました。そのため、PGD2はハチ毒を皮膚に保持することで、ヘパリンやプロテアーゼによる毒の分解を補助して毒の全身循環を防ぐ役割があると推測されます。ヒトにおいても同様の防御システムが存在していれば、薬物によるDP1刺激が、ハチ刺されに対する治療に応用できるかもしれません。
皮ふ血管(赤:平滑筋 青:内皮細胞)の周りに多く存在する肥満細胞(緑)
ラボの忘年会
活用したデータベースにかかわるキーワード
ハチ毒
Prostaglandin D2
血管バリア