学会員論文紹介

近著論文の解説

Amphiregulinの制御異常が嚢胞性リンパ管腫の発症・増悪メカニズムである


吉田尚史・山本誠士

対象論文

  • Dysregulation of Amphiregulin stimulates the pathogenesis of cystic lymphangioma

  • Naofumi Yoshida, Seiji Yamamoto*, Takeru Hamashima, Noriko Okuno, Naruho Okita, Shinjiro Horikawa, Masao Hayashi, Thanh Chung Dang, Quang Linh Nguyen, Koichi Nishiyama, Teruhiko Makino, Yoko Ishii, Kei Tomihara, Tadamichi Shimizu, Masabumi Shibuya, Makoto Noguchi, Masakiyo Sasahara*

  • Proc Natl Acad Sci USA. 2021 May 11;118(19):e2019580118. doi: 10.1073/pnas.2019580118.

論文サマリー

生体におけるリンパ管新生は、VEGF-Cなどのリンパ管新生因子の適切な刺激下でおこる。正常なリンパ管は、末梢組織の中で樹状構造をしており、組織液の回収や免疫細胞の配置に重要な役割を果たしていると考えられている(図1, 正常なリンパ管新生参照)。

一方、先天性のリンパ管異常(脈管奇形)として、嚢胞性リンパ管腫(小児慢性特定疾患 告知番号8)や巨大リンパ管奇形(指定難病 告知番号278)が知られている。これらの疾患は、主に小児に発生し、大小のリンパ嚢胞を主体とした腫瘤性病変である。医学的には良性とされるが、頸部の巨大な嚢胞は気道を圧迫し、致死的な場合がある。さらに、頭頸部の大型の腫瘤病変は、整容面で患者や家族の精神的負担が大きいことが問題視されている。

これら指定難病の発症・増悪分子メカニズムは不明である。治療法としては、主に外科的切除や硬化療法が選択される。しかしながら、頭頸部などの発生部位によっては、これら治療法が選択できないケースもある。またこれら治療方法は、分子メカニズムに即したものではないため、効果不十分なケースがある。そのような背景から、嚢胞性リンパ管腫の発症・増悪分子メカニズムに即した治療薬の開発が切望されている。

我々は、マウスリンパ管新生モデルを開発し、独自に作出したPDGFRβ条件的ノックアウトマウスに適用することで、嚢胞性リンパ管腫様の病態を再現することに成功した。本マウスの解析により、これまでリンパ管形成との関連性が知られておらず注目されてなかったAmphiregulin(AREG)がリンパ管周囲に存在する線維芽細胞で高発現することを突き止めた。

次に、ヒト嚢胞性リンパ管腫サンプルを用いてAREGの発現を解析した結果、リンパ管腫周囲の線維芽細胞において、AREGの高発現が確認された。興味深いことに、嚢胞状のリンパ管内皮細胞自体もAREGを高発現していた。そこでPDGFRβノックアウト線維芽細胞(AREGを過剰発現している)とヒト正常リンパ管内皮細胞との共培養を行った結果、リンパ管内皮細胞のAREG発現が正常線維芽細胞と共培養したリンパ管内皮細胞と比較して有意に増加することが明らかとなった。

これらのデータから、線維芽細胞のAREG過剰発現をトリガーとして、リンパ管内皮細胞のAREG過剰発現を誘導し、それら2つのソースのAREGが、リンパ管内皮細胞に発現するEGFRを介して、リンパ管内皮細胞の異常な増殖を誘導することが明らかとなった(図1, 異常なリンパ管新生参照)。

さらに、PDGFRβノックアウトマウスに対して、AREG中和抗体、Erlotinib (EGFRの阻害薬)を用い治療実験を行った。その結果、AREG中和抗体、Erlotinibともに嚢胞状のリンパ管形成を正常レベルにまで劇的に抑制した(図2参照)。また、AREG中和抗体とErlotinibの効果を比較すると、AREG中和抗体の効果が有意に高かった。

以上の結果から、これまで不明であった嚢胞性リンパ管腫の発症・増悪分子メカニズムの本質が、AREGの過剰産生によるものであることが明らかとなった。これより、AREGを分子ターゲットとした創薬開発は、嚢胞性リンパ管腫や巨大リンパ管奇形に対する分子メカニズムに即した有効性の高い治療方法を確立することに貢献できると考えられる。

(図1, 異常なリンパ管新生)
(図2, 結果、AREG中和抗体、Erlotinibともに嚢胞状のリンパ管形成を正常レベルにまで劇的に抑制した)

著者コメント

本研究の筆頭著者である吉田氏は、歯科医院を経営しており(当時は副院長)、社会人大学院生として入学してきた。入学当初からガッツがあり、性格が良く、ラボに溶け込むのに時間はかからなかった。リンパ管研究プロジェクトに対して真摯に取り組んでいたが、研究経験がないことに加え、週に2度しかラボに来れないことから、プロジェクトとしては大化けする可能性があったが、進捗は芳しくなかった。

瞬く間に4年が過ぎ、論文はacceptされていないが学位審査が終了し、学位取得となった。そのとき吉田氏は、「皆様のお蔭で学位が取れました。ありがとうございました。今後ラボに来る機会は減りますが、これからもよろしくお願いします。」と挨拶をしたが、ちょっと待ってくださいよとなった。温和にかつ丁寧に「このプロジェクトは大化けするはずだ」と伝えたところ、acceptまで頑張る気持ちになっていただき胸を撫で下ろした。学位取得から更に2年かかったが、持ち前のガッツで頑張り抜き、PNASにacceptされて、地元新聞にも取り上げられ、吉田氏は至極ご満悦である。

本研究成果は、多くの先生方のご協力なしには完遂できなかったものであり、この場を借りて心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

著者コメント

活用したデータベースにかかわるキーワード

リンパ管
DGFRβ
Amphiregulin
嚢胞性リンパ管腫
指定難病

プライバシーポリシーCopyright©THE JAPANESE VASCULAR BIOLOGY AND MEDICINE ORGANIZATION.