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近著論文の解説

アリルハイドロカーボン受容体(AHR)は肺動脈性肺高血圧症の病態形成に必須である


正木豪、岡澤慎、中岡良和

対象論文

  • Aryl hydrocarbon receptor is essential for the pathogenesis of pulmonary arterial hypertension

  • Takeshi Masaki*, Makoto Okazawa*, Ryotaro Asano, Tadakatsu Inagaki, Tomohiko Ishibashi, Akiko Yamagishi, Saori Umeki-Mizuhshima, Manami Nishimura, Yusuke Manabe, Hatsue Ishibashi-Ueda, Manabu Shirai, Hirotsugu Tsuchimochi, James T Pearson, Atsshi Kumanogoh, Yasushi Sakata, Takeshi Ogo, Tadamitsu Kishimoto, Yoshikazu Nakaoka#
    *: equal contribution
    #: corresponding author

  • Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2021 Mar 16; 118(11): e2023899118. doi: 10.1073/pnas.2023899118.

論文サマリー

肺動脈性肺高血圧症(Pulmonary arterial hypertension: PAH)は肺動脈に原因不明の狭窄や閉塞を生じて、肺動脈圧の上昇から心不全を来す予後不良の厚生労働省指定難病です。PAHに対する治療薬として、血管平滑筋の弛緩を主な作用とする血管拡張薬(抗PAH薬)が3系統開発されて、予後は近年改善しつつあります。しかし、これらの治療薬に抵抗性を示す難治性症例の予後は未だ不良で、PAHの発症機序に基づく新しい治療法の開発が必要です。PAH発症には遺伝的因子だけでなく、外的な環境因子や炎症の関与が重要とされていますが、PAHの発症・重症化に環境因子がどのように関与するか詳細は明らかでありませんでした。
 私達はマウスを低酸素(10%)環境に3週間曝露する低酸素誘発性肺高血圧症モデルの系で、肺動脈内皮細胞から分泌される炎症性サイトカインのInterleukin-6(IL-6)が肺でTh17細胞を誘導し、Th17細胞に由来するInterleukin-21(IL-21)がPAH病態を促進することをPNAS誌に2015年報告しました。マウス低酸素誘発性肺高血圧症モデルは軽症のPHモデルで、肺移植を必要とする様な重症PAH患者と同様の病理像(閉塞性血管病変)を呈するモデル動物はラットでしか作れない問題がありました。
 中岡は2016年1月に大阪大学から国循研究所へ赴任しましたが、国循ではラットを用いたPHモデル動物の解析が可能であるため、PAHの重症化機構を解明しようと考えました。汎用される重症PAHモデルにSugen5416/低酸素(Hx)負荷ラットがあります。このモデルはSugen5416のVEGFR2阻害作用(血管新生阻害作用)と低酸素負荷を組み合わせることにより、肺動脈内皮細胞がアポトーシスを誘導されてアポトーシス耐性内皮細胞が過度に増殖した結果、肺動脈狭窄・閉塞が誘導されるとこれまでは考えられていました。
 Su/Hxラットモデルの肺でRNAseq解析を行うと、発現誘導の上位にCyp1a1, Ahrrが見られて、これらは芳香族炭化水素受容体(Aryl hydrocarbon receptor: AHR)の代表的な下流の標的遺伝子でした。AHRは別名ダイオキシン受容体と呼ばれる転写因子で、①生体外から取り込まれる化学物質や毒物の解毒・代謝に関わる酵素を発現誘導すること、②Th17細胞/制御性T細胞(Treg)のバランスを制御することが報告されていました。AHRは我々の注目していたCD4陽性T細胞でIL-21の遺伝子発現制御をすることが報告されていたため、我々はPAH発症・重症化でのAHRの役割を検討する事にしました。
 まず、PAH患者と健常者ボランティアより得られた血清でAHRアゴニスト活性を測定すると、PAH患者では健常者に比して有意にAHR活性が上昇していました。その活性は軽症より重症患者で高く、PAH重症度を反映していました。また、AHRアゴニスト活性の高い群は低い群に比して死亡・肺移植・心不全入院などの複合イベントが有意に多く観察されて、PAHの予後予測因子となる可能性が示唆されました(図1)。

PAHの予後予測因子となる可能性が示唆されました(図1)

図1.肺高血圧症患者では血清中のAHRアゴニスト活性が健常者よりも上昇しており、活性化能が高いほど重症で予後不良である。(健常者16名、肺高血圧18名、肺高血圧AHR活性高値群8名、低値群10名、バーは標準偏差を示す。)

次にSprague-Dawley (SD)ラットへと強力な内因性のAHRアゴニストである6-formylindolo[3,2-b]carbazole(FICZ)を投与して低酸素(Hx)負荷3週間と正酸素負荷を順次行うと、叢状病変様の病変を伴った重症PAH病態をラットに誘導することに成功しました(FICZ/Hxモデル)。一方、AHRアゴニスト活性を有さないVEGFR2阻害剤のKi8751やTAK-593を低酸素負荷と組み合わせてラットに負荷しても、PAH病態は全く誘導されませんでした。そこで、CRISPR-Cas9システムを用いてAHR欠損(Ahr-/-)ラットを作製して上記のFICZ/Hxモデルで解析すると、Ahr-/-ラットはPAH病態形成に抵抗性を示しました。また、SuHx 重症ラットモデルでもAhr-/-ラットはPAH病態形成に抵抗性を示して、叢状病変、内膜病変などの重症病理像は全く見られませんでした。以上の結果から、SuHxラットモデルで重症PAH病態が誘導される主たる分子機序はAHR活性化であることが明らかになりました(図2)。

SuHxラットモデルで重症PAH病態が誘導される主たる分子機序はAHR活性化であることが明らかになりました(図2)

図2.野生型ラットではFICZ等のAHRアゴニストを投与すると内膜病変を伴う重症PAHを誘導したのに対して、AHR欠損ラットではPAHが誘導されなかった。AHRアゴニストのインディルビン等を含む漢方薬の「青黛」の投与でもPAHが誘導されたが、AHRを欠損させるとPAHは誘導されなかった。

近年、難治性潰瘍性大腸炎に対する治療で有効性が報告されていた漢方薬の「青黛」を服用した患者の一部で、薬剤性PAHの発症が報告されていました。そこで、私達は青黛によるPAHの発症機序についても検討しました。青黛を混餌した粉末飼料をラットに投与して低酸素負荷を行うと、野生型ラットではPAH病態が誘導されたのに対して、Ahr-/-ラットではPAH病態が見られず、ヒトの青黛誘発性PAHもAHRを介することが示唆されました(図2)。
 SuHxラットのRNA-seq、ChIP-seq、免疫染色およびラット骨髄移植実験の結果から、①血管内皮細胞および末梢血単核球細胞(PBMC)においてAHR依存性の炎症性シグナル経路の活性化が見られること、②CD4陽性、IL-21陽性T細胞およびMRC1陽性マクロファージが肺の閉塞病変にAHR依存性に集積することが明らかになりました。また、特発性PAH患者の剖検肺の免疫組織染色では、病変部でのAHRの核内への集積とAHRの代表的な標的遺伝子であるCYP1A1の発現が確認され、ヒトの特発性PAH患者肺でもAHRの活性化が示唆されました。
 以上の結果から、AHRはPAHの発症・重症化に中心的な役割を担うことが示唆されました。AHRはPAH患者の予後や重症度の予測因子となることが期待されるだけでなく、PAHの治療ターゲットとしても有望と考えられます(図3)。

PAHの治療ターゲットとしても有望と考えられます(図3)

図3.腸から吸収される食物や薬物、その他の体内で産生された化学物質等によって肺動脈内皮細胞や骨髄由来免疫細胞でAHRが活性化されて、肺病変の炎症や骨髄由来のCD4陽性IL-21陽性T細胞やマクロファージの集積が誘導される。その結果、肺動脈にリモデリングが生じて肺動脈性肺高血圧症(PAH)が発症する。

著者コメント

本研究は2016年に国循で中岡が独立した際、一緒に仕事をすることになった神経生物学を専門としていた分子生物学者の岡澤慎室長と阪大から一緒に異動してきた循環器内科医の正木豪流動研究員とで一緒に進めて来た仕事です。ラットの重症PAHモデルの系を立ち上げて、右心カテーテルによる血行動態測定システムと表現型解析に習熟するのを含めて論文化に5年かかりましたが、二人の努力で何とか論文化出来ました。また、国循肺循環科の大郷剛部長、浅野遼太郎先生にはPAH患者の検体の集積と解析で、多大なご尽力を頂きました。また、阪大アイフェレックの岸本忠三先生、国循研究所長の望月直樹先生には絶え間なく温かいサポートを頂きました。そして、論文共著者の先生方をはじめとして、数えきれないほど多くの先生方にご助力頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。

「AHRがPAH病態形成に必須である」という結論は、私達が阪大循環器内科で進めていた仕事の延長線にあり、IL-6, IL-21, T細胞による炎症と非常に深く関連します。ゆっくりですが、PAH病態の核心に近づいている感触があります。AMED難治性疾患実用化研究事業で2021年度からAHRとPAHの研究提案(ステップ0)が採択されました。今後は何とか臨床へ還元して行きたいと思います。血管生物医学会の先生方におかれましても、今後ともご指導・ご鞭撻のほど宜しくお願い致します。

■国立循環器病研究センター研究所血管生理学部のメンバー

著者コメント

正木豪(前列左から4人目)co-first author

岡澤慎(後列右端)co-first author

中岡良和(後列左から5人目)corresponding author

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