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近著論文の解説

Anti senescent drug screening by deep learning based morphology senescence scoring


Profile著者プロフィール

楠本 大
Dai Kusumoto

2007年 慶應義塾大学医学部 卒業
現在 慶應義塾大学医学部 循環器内科/予防医療センター 助教

対象論文

  • Anti senescent drug screening by deep learning based morphology senescence scoring

  • 著者情報:楠本大

  • 掲載誌:Nature Communications volume 12, Article number: 257 (2021)

論文サマリー

近年、人工知能の発展により様々な問題が新たに解決可能となり、多くの分野で社会に組み込まれるようになりました。特に画像解析に特化した、畳み込みニューラルネットワークは、人間を超える精度での画像認識・判定が可能であると言われており、医学・生物学分野においても大きな発展が期待されています。本研究では、畳み込みニューラルネットワークを応用することで、血管内皮細胞の細胞老化を抑制する化合物スクリーニングを、顕微鏡画像から得られる細胞形態のみを指標とし、分子生物学的ラベルを用いずに可能とする技術 (Deep-SeSMo)を開発いたしました。

昨今、加齢関連疾患の病態において細胞老化が重要な位置付けを占めていることが報告され、新規の治療標的として注目を集めています。特に、血管内皮細胞の老化は様々な臓器の病態進行に重要な役割を果たしていることが知られております。従来、抗老化薬探索のための化合物スクリーニングを行う際、分子生物学的手法を用いて老化細胞の状態を定量的に判定する必要がありましたが、手間やコストがかかり大規模スクリーニングの障壁となっていました。本研究では、老化細胞は形態学的に大きな特徴があることが知られていることから、畳み込みニューラルネットワークを応用し、位相差顕微鏡画像から得られる細胞形態を指標とする、新規のスクリーニングシステム開発につなげたいと考えました(図1)。

図1

本研究では、まず培養血管内皮細胞に酸化ストレス、カンプトテシン、複製ストレスを用いて老化細胞を誘導し、顕微鏡撮影から「健康細胞」と「老化細胞」を正答率95%程度の高精度で判別可能なシステム構築を行いました。ただし同システムは老化細胞の分類を行うのみで、そのままでは定量的に細胞老化を評価することができません。我々は、老化細胞の細胞画像を畳み込みニューラルネットワークに入力し、老化確率を出力することで細胞老化を定量的に評価可能であるということを発見し、老化細胞の細胞形態から定量的な老化スコアを算出なシステムの開発に成功しました(図2: Deep-SeSMo)。

図2: Deep-SeSMo

本システムを用いると、老化状態を反映する分子マーカーを必要とせず、撮影した顕微鏡画像から細胞がどの程度老化しているかをわずか0.1ミリ秒で判定可能となりました。実際に細胞老化抑制作用を有する化合物(メトホルミンなど)による抗老化の効果も正しく判定できることが確認されました。

本システムを用いて実際に化合物ライブラリーを用いてスクリーニングし、テレイン酸、Rock阻害剤、大豆イソフラボンの一種であるダイゼイン、MEK阻害剤などの薬剤を新規の老化抑制の薬剤候補として抽出することが出来ました。これらの化合物は、実際に培養血管内皮細胞の細胞老化を抑制することがSA-ベータガラクトシダーゼ染色や、P21-P53、P16タンパクのウェスタンブロッティングにより確認され、さらにRNAシーケンスによる網羅的解析では、老化細胞から惹起される炎症反応が抑制されることが判明しました(図3)。

図3

本研究で同定された抗老化候補化合物について今後さらに研究を進めることにより、血管老化を抑制する新規治療薬開発につながることが期待されます。さらに、本研究は、疾患の化合物スクリーニングに対する手法としてAIによる画像解析が有用であることを実証したものであり、細胞形態の変化を特徴とする様々な疾患に対して本システムを応用した創薬スクリーニングが行われ、治療薬開発を活性化させることが期待されます。




著者コメント

大学院時代は、iPS細胞から誘導した血管内皮細胞に関する研究を行っていました。近年の技術発展により、複雑な生体情報を網羅的に解析できるようになりました。さらに深層学習を用いることで画像など解析対象の幅も広がっております。私自身はpython言語やR言語などを基礎とした情報学を取り扱い、新規解析手法を医学・生物学研究に結びつけることで、今までわからなかったような新しい現象の発見や、治療法開発につながるのではないかと考えております。血管生物学や循環器内科学において、情報学を絡めた領域横断的な研究を目指しております。今後とも、色々とご指導頂けますよう、よろしくお願い申し上げます。

著者コメント

活用したデータベースにかかわるキーワード

人工知能
細胞老化
化合物スクリーニング

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