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近著論文の解説
Vascular PDGFR-alpha protects against BBB dysfunction after stroke in mice.
対象論文
- Vascular PDGFR-alpha protects against BBB dysfunction after stroke in mice.
- Quang Linh Nguyen, Noriko Okuno, Takeru Hamashima, Son Tung Dang, Miwa Fujikawa, Yoko Ishii, Atsushi Enomoto, Takakuni Maki, Hoang Ngoc Nguyen, Van Tuyen Nguyen, Toshihiko Fujimori, Hisashi Mori, Johanna Andrae, Christer Betsholtz, Keizo Takao, Seiji Yamamoto*, Masakiyo Sasahara*
- Angiogenesis. 2020 Sep 12. doi: 10.1007/s10456-020-09742-w.
論文サマリー
中枢神経系は、神経細胞、アストロサイトを含む神経膠細胞等で構成され、さらに細部まで血管系が入り込んでいる。脳血管には血液脳関門(BBB)と呼ばれる特殊な機構が備わり、その機能不全は脳浮腫、脳出血あるいはアミロイドの沈着などに関連するため、脳卒中や神経変性疾患等の発症に関与するものとされる。そのため、それら疾患ではBBBの機能の保全や回復に関与する血管内皮細胞やペリサイトを標的とする治療が試みられてきたが十分な成果には至っていない。
血小板由来増殖因子(PDGF)は神経細胞保護因子として脳に広く発現していることが知られている。一方で、PDGFはPDGF受容体アルファ(PDGFRα)の活性化を介して、急性期の脳梗塞に対する血栓融解療法の重篤な合併症である脳出血をもたらすことも知られている。従って、脳梗塞急性期の血栓融解療法中の脳出血抑制のため、PDGFR阻害薬であるイマチニブを併用する臨床治験がアメリカを中心に進行している。
我々は、野生型マウスに実験的脳梗塞を誘導し、イマチニブ投与によるPDGFR阻害によって脳出血が軽減するかを検証した。しかし、これまでの報告とは異なり、イマチニブ投与によって脳梗塞亜急性期ではBBB機能の悪化によって、脳出血と浮腫が増悪した(Appendix A)。この結果から、PDGFRシグナルは、亜急性期においてBBBの保護作用を有することが明らかとなり、イマチニブを付加する脳梗塞急性期の血栓融解療法は細心の注意が必要であると考えられた。
また、KOマウスを用いる実験も行った。対照群のマウス(Flox)に脳梗塞実験を施行した場合、脳梗塞亜急性期において、梗塞巣血管周囲にはPDGFRα陽性線維芽細胞が多数動員されていた。PDGFRαをコードする遺伝子が線維芽細胞でノックアウトされた遺伝子改変マウス(C-KO, Dang et. al., Cell Rep 2019参照)では、PDGFRα陽性線維芽細胞の動員が極めて阻害されており、PDGFRαが線維芽細胞の動員に重要であることが明らかになった。また、C-KOでは通常みられないレベルの高度な脳出血があり、血管からの蛋白質漏出も増加した(Appendix B)。これらの結果から、脳血管周囲に動員される線維芽細胞がBBBの機能保護作用を有することが示された。また、これらのBBB保護作用にはTGF-β1が関与していることも明らかとなった。
本研究により、1) PDGFRαシグナル依存性に線維芽細胞が梗塞巣の脳血管周囲に動員されること、2) その線維芽細胞がBBBの機能発現に重要であること、3) BBB保護作用にはTGF-β1が関与していることが明らかとなった。現在、脳梗塞急性期の血栓融解療法中の脳出血抑制に対して、イマチニブをt-PAと併用する臨床治験がアメリカを中心に進行しているが、急性期を乗り切った後のタイミング(亜急性期)ではPDGFRαシグナルが予後を改善する可能性を考慮する必要がある。また本研究結果から、PDGFRαシグナルは様々な神経疾患におけるBBBの機能不全を抑制、回復する治療の創薬ターゲットとなることが期待される。
著者コメント
本研究のコアな部分の実験を担当したのが、ベトナム出身のDr. Linhである。神経内科医であるDr. Linhは、来日してからノックアウトマウスを用いた行動実験を行っていた。南国出身で大らかな性格のせいか、行動実験には今一つ向いていなかったようで、私は動物センター長からのクレーム処理を度々行っていた。多くの時間を費やした行動実験は、「このマウスは、ちょっとおっちょこちょいネ」といった結果のみを得るに終わった。それが大学院修了のちょうど一年前であり、学位取得に対し悲壮感が漂い始めていた。
この時、Dr. Linhは、サブ実験をちょっと進めていた。それは、神経内科医として興味の対象であるマウス脳梗塞モデルであり、「亜急性期の梗塞巣の血管周囲に線維芽細胞が激増する」ことを見出していた。そこで緊急ミーティングを行い、このプロジェクトで学位論文を作成することを決めた。それ以降、ほとんどデスクに座ることなく休日もなく実験に勤しみ、本論文をpublishすることに成功し、学位も取得できたた。本来ならば、TGF-β1以降のシグナルも解析して、全容を明らかにしてから論文化するところであり、それが心残りである。現在Dr. LinhはTGF-β1以降のシグナル解明に全力を注いでおり、いくつか興味深い結果を得つつある。相変わらずデスクにいないことが多いが、ベンチにもいないので、南国出身で大らかな性格であることから、適度にリラックスしているのかもしれない。
本研究成果は、多くの先生方のご協力なしには完遂できなかったものであり、この場を借りて心より御礼申し上げます。また、最後まで頑張ってくれたDr. Linhも近くベトナムに帰国する運びであることから、今後も良好な関係を継続し、近い将来国際共同研究を推進したいと思います。