学会員論文紹介
近著論文の解説
Powerful Homeostatic Control of Oligodendroglial Lineage by PDGFRα in Adult Brain.
山本誠士(やまもとせいじ)
富山大学 大学院医学薬学研究部(医) 病態・病理学講座 講師
対象論文
- Powerful Homeostatic Control of Oligodendroglial Lineage by PDGFRα in Adult Brain.
- Thanh Chung Dang, Yoko Ishii, Van De Nguyen, Seiji Yamamoto*, Takeru Hamashima, Noriko Okuno, Quang Linh Nguyen, Yang Sang, Noriaki Ohkawa, Yoshito Saitoh, Mohammad Shehata, Nobuyuki Takakura, Toshihiko Fujimori, Kaoru Inokuchi, Hisashi Mori, Johanna Andrae, Christer Betsholtz and Masakiyo Sasahara*
- Cell Rep. 2019 Apr 23;27(4):1073-1089.e5. doi: 10.1016/j.celrep.2019.03.084.
Profile著者プロフィール
SEIJI YAMAMOTO
富山大学 大学院医学薬学研究部(医) 病態・病理学講座 講師
略歴
研究テーマ
ペリサイト発生、血管・リンパ管新生、神経幹細胞
論文サマリー
中枢神経系は、主に神経上皮由来細胞である神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイトで構成されており、さらに組織細部まで血管内皮細胞とペリサイトから構成される血管系が入り込んでいる。神経難病や外傷による神経の脱落や喪失は、成体に存在する神経幹細胞が神経再生を行ったとしても、小規模で限定的であるため傷害以前の状態まで機能回復することは困難であると理解されている。
我々が新規に作出した血小板由来増殖因子受容体α (PDGFRα)のタモキシフェン依存性コンディショナルノックアウトマウス(CAGG-iKO)を解析した結果、CAGG-iKOの脳では、神経の髄鞘形成などに大きくかかわるオリゴデンドロサイトの細胞ソースであるとされるオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC: oligodendrocyte progenitor cell)がほぼ全域で消失することを見出した(図A)。しかし、驚くべきことに、1週間後には消失したはずのOPCがパッチ状に再生し始め、3週間後にはOPCがほぼ正常な状態と変わらないレベルにまで脳の全域に再生していた。
CAGG-iKOの詳細な解析の結果、それらOPCは髄膜(Meninges)および脳内の微小血管(Blood vessels)を被覆するように存在するペリサイトが発生源であった(図B)。さらに、ペリサイト由来OPCは髄鞘形成能を有するオリゴデンドロサイトに分化することも確認された。また、OPC再生は小規模ながらノックアウトを免れた残存OPC (Escapees)にも依存していた(図C)。しかしながら、成体の神経幹細胞が存在すると考えられている脳室下帯(SVZ)からはOPCの再生がみられなかった(図C)。これらの結果から、OPCの再生はペリサイト由来とEscapeesの2つの細胞ソースによるものであると考えられる(図D)。このような複数の細胞ソースによって再生が行われる臓器として肝臓が知られているが、OPCおよびオリゴデンドロサイトの再生も、2つの異なる細胞ソースが互いに助け合って行われることを示す初めての知見となるとともに、中枢神経系には我々の想像を超える組織再生ポテンシャルがあることが強く示唆される結果となった。
本研究の結果、PDGF-PDGFRシグナルが関与する組織幹細胞や前駆細胞の活性化によって、成体の中枢神経系にも驚くべき再生能力が隠れていることが明らかとなった。また、中枢神経系のペリサイト亜集団(組織幹細胞や前駆細胞)の効率の良い活性化は、オリゴデンドロサイトの障害が要因で発症する神経難病の多発性硬化症(MS)や筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対する根本的治療法確立のための新たな創薬ターゲットとなることが期待される。
著者コメント
本研究はタモキシフェン依存的全身性PDGFRαのコンディショナルノックアウト(CKO)であるにもかかわらず、CKOを誘導してから1~2か月後の脳を観察すると、CKOをかけていないマウスと同程度のPDGFRα発現がみられたため、当初はOPCに発現するPDGFRαがノックアウトされておらず本マウスは失敗である可能性が高い、という雰囲気が立ち込めていた。プロジェクトにかかわっているメンバーはかなり落胆し、筆頭著者のDr. Chungは「国に帰りたい...。」と思ったそうである。しかし、解析を継続する中で、OPCのPDGFRαの消失はタモキシフェン投与後瞬時に起こり、3週間で回復していることをみいだした。さらに詳細に解析した結果、通常の状態ではPDGFRαを発現していないペリサイト亜集団がOPC消失に応答して活性化し、PDGFRα陽性OPCに分化することを発見することにつながった。完全にCKOが起こらなかったことが奏功した特異な例といえよう。研究は、仮説通りにいかない場合でも、諦めず細部に至るまで追求する姿勢が重要であることを再認識させてくれた研究結果であると考えている。
本研究成果は、多くの先生方のご協力なしには完遂できなかったと考えられ、この場を借りて心より感謝申し上げます。また、最後まで頑張ってくれたDr. Chungとも今後も良好な関係を継続し、国際共同研究を推進したいと思います。
活用したデータベースにかかわるキーワード
ペリサイト
OPC
再生