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近著論文の解説

L-PGDS-derived PGD2 attenuates acute lung injury by enhancing endothelial barrier formation.


堀上大貴・小林幸司・村田幸久
(東京大学 大学院農学生命科学研究科 放射線動物科学研究室)

対象論文

  • L-PGDS-derived PGD2 attenuates acute lung injury by enhancing endothelial barrier formation.

  • Horikami D, Toya N, Kobayashi K, Omori K, Nagata N, Murata T.

  • Journal of Pathology. 2019 Feb 8. doi: 10.1002/path.5253.

Profile著者プロフィール

堀上 大貴
HORIKAMI DAIKI

東京大学大学院農学生命科学研究科 放射線動物科学研究室 博士課程4年

小林 幸司
KOBAYASHI KOJI

東京大学大学院農学生命科学研究科 放射線動物科学研究室 特任研究員

村田 幸久
MURATA TAKAHISA

東京大学大学院農学生命科学研究科 放射線動物科学研究室 准教授
E-mail:kamurata☆mail.ecc.u-tokyo.ac.jp(☆を@に変更してご使用ください)
研究室URL:http://www.vm.a.u-tokyo.ac.jp/houshasen/

論文サマリー

研究の背景

急性肺障害は胃内容物誤嚥や敗血症、脂肪塞栓などを原因として発症し、急速に進行する呼吸器障害の総称である。この病気は特に高齢者に多く発生し、有効な治療方法がないため、現在でも38.5%の患者が死に至る重篤な疾患である。現在までの研究で、炎症刺激による肺胞毛細血管からの好中球浸潤や血漿成分の滲出が、肺の浮腫形成と機能障害の発端となることが明らかになった。このため、病態発症時の肺胞微小環境における肺毛細血管の透過性制御機構の解明は新たな治療法の開発につながると考えられ、期待されている。

プロスタグランジンD2(PGD2)は急性肺障害を起こした患者の肺組織中で高濃度に検出される生理活性脂質の1つで、造血器型プロスタグランジンD合成酵素(H-PGDS)もしくはリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素(L-PGDS)によりそれぞれ産生される。H-PGDSの発現は肥満細胞やマクロファージなどの血球細胞で確認されており、そこから産生されるPGD2は炎症反応の制御に関わることが報告されている。我々は以前マウスを用いた研究で、H-PGDSがPGD2を産生することで、細菌内毒素誘導性の急性肺障害の症状を抑える働きをもつことを明らかにした。一方、L-PGDSは主に希突起膠細胞や脈絡叢上皮細胞といった中枢神経系の細胞に発現していることが報告されている。これまでに、L-PGDSから産生されるPGD2は睡眠を誘発することが知られているが、末梢におけるその生理活性については、ほとんど明らかにされていない。

そこで今回我々は、塩酸誘導性の急性肺障害においてL-PGDS由来のPGD2が果たす役割をH-PGDS由来のものと比較しながら、特に血管透過性制御機構に与える影響に注目して明らかにした。

 

研究内容

① L-PGDSは塩酸投与による急性肺障害を改善する。

野生型マウスに塩酸を気管内投与すると6時間後に肺機能の低下(血中酸素飽和度の低下)が認められた。L-PGDSもしくはH-PGDSを遺伝的に欠損させたマウスでは、肺機能低下がそれぞれ同程度悪化した。組織切片の観察において、野生型マウスの塩酸処置肺では滲出液漏出と好中球浸潤が認められたが、L-PGDS欠損マウスでは滲出液漏出が、H-PGDS欠損マウスでは好中球浸潤が特に悪化することが分かった。

 組織の水分含量とミエロペルオキシターゼ(MPO)活性を測定することで、肺の浮腫形成と好中球浸潤を定量した。野生型マウスの肺において、塩酸処置は水分含量とMPO活性の両方を上昇させたが、L-PGDS欠損は水分含量を、H-PGDS欠損はMPO活性をさらに上昇させることが確認された。

 

② L-PGDSは上皮細胞・内皮細胞から産生される

 蛍光免疫染色を行ったところ、塩酸を処置したマウスの肺において、L-PGDSは肺胞の上皮細胞と内皮細胞に発現していた。一方、H-PGDSは好中球に強く発現していた。

さらに、放射線を照射して骨髄細胞を死滅させたマウスに、異なる遺伝子背景を持つマウスから単離した骨髄細胞を移植することでキメラマウスを作成し、これらのマウスの肺炎症状を評価した。その結果、L-PGDS欠損マウス由来骨髄細胞の移植は、野生型マウス群で認められた肺機能低下・浮腫形成に影響せず、また野生型マウス由来骨髄細胞の移植もL-PGDS欠損マウス群で悪化した肺炎症を改善しなかった。つまり、血球細胞ではなく、上皮細胞・内皮細胞におけるL-PGDSの存在が、肺炎の抑制に働くことが示唆された。

 

③ DP受容体刺激は血管内皮細胞間の接着結合を強化することで、血管透過性を抑制する。

浮腫形成は血管の透過性亢進が原因で起こる。塩酸を処置した野生型マウスに青色素を静脈内投与すると、肺組織での色素漏出が認められ、L-PGDS欠損マウスではその漏出がさらに増大した。また、PGD2の受容体の1つであるDP受容体の作動薬を投与すると、その増大は有意に抑制された。

血管透過性は血管の内側にある一層の内皮細胞の細胞間接着によって規定される。我々は最後に、単離ヒト肺動脈内皮細胞において、DP受容体作動薬の投与が内皮細胞間の接着を強化させることを確認した。

 

考察・社会的意義

以上の結果よりL-PGDS由来のPGD2はH-PGDSのそれと共に、マウスの急性肺障害を改善する因子であることが分かった。H-PGDSは好中球でPGD2を産生し好中球の浸潤を抑制するのに対して、L-PGDSは肺胞上皮細胞・内皮細胞でPGD2を産生して局所的に作用し、内皮細胞間の接着を強化して浮腫形成を抑制することが明らかになった(図1)。この結果はL-PGDSとH-PGDS由来のPGD2が肺組織の微小環境の中でそれぞれ独立した経路で、肺炎の抑制に働いていることを示す。

急性肺障害に対する有効な治療法はほとんど存在しない。これらの成果により、急性肺障害に対する理解が進み、新しい治療方法の開発につながることを期待している。

図1 悪性黒色腫におけるIL13Rα2の発現

(図1)塩酸刺激により肺上皮細胞・内皮細胞のL-PGDS依存的に産生されるPGD2は局所的に作用し、内皮細胞間の接着を強化して肺浮腫形成を抑制することで、結果として急性肺障害を改善させることが分かった。

(図2)研究室の写真(2018年12月の忘年会)

活用したデータベースにかかわるキーワード

急性肺障害
血管透過性
血管内皮細胞
プロスタグランジン

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