学会員論文紹介
近著論文の解説
老化血管内皮細胞におけるSARS-CoV-2の取り込みと炎症反応はBSG/VEGFR2経路によって制御される
桜井優弥 1 藤岡容一朗 2 間石奈湖 1 武田遼 1 大場雄介 2 佐々木道仁 3 4 手代木孝仁 1 伊藤航 1 樋田泰浩 5 松田彩 1 城戸幹太 1 大場靖子 3 4 6 澤洋文 3 4 6 樋田京子 1
北海道大学大学院歯学研究院 1
北海道大学大学院医学研究院 2
北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所 3
北海道大学ワクチン研究開発拠点 4
藤田医科大学医学部 5
北海道大学One Healthリサーチセンター 6
対象論文
- SARS-CoV-2 uptake and inflammatory response in senescent endothelial cells are regulated by the BSG/VEGFR2 pathway
- Proc Natl Acad Sci U S A. 2025 Aug 5;122(31):e2502724122.
- DOI:10.1073/pnas.2502724122.
- 学会員責任著者:樋田京子(北海道大学大学院歯学研究院血管生物分子病理学教室)
論文サマリー
【背景】
新型コロナウイルス感染症COVID-19が2019年末に初めて報告されてから約6年が経過しましたが、最近も感染流行を繰り返しており、今もその脅威は完全に消えていません。原因ウイルスであるSARS-CoV-2の感染により引き起こされる病態は呼吸器症状のみならず微小血栓や血管透過性異常亢進など血管内皮機能障害を伴い、時に重症化することが特徴的です。特に高齢者では重症化しやすいことが知られており、「加齢」が最大の重症化リスク因子と考えられています。我々の研究グループは以前にSARS-CoV-2マウス馴化株による重症化マウスモデルを用いた血管病態の解析を報告しました(Tsumita T, Takeda R, et al. Viral uptake and pathophysiology of the lung endothelial cells in age-associated severe SARS-CoV-2 infection models. Aging Cell. 2023)。ヒトCOVID-19病態を模倣する感染加齢マウス(重症化モデル)では、肺血管内皮細胞においてSARS-CoV-2が多量に検出され、強い炎症応答がみられました。血管内皮細胞がSARS-CoV-2侵入受容体を有していることが疑われましたが、主要な侵入受容体であるACE2は発現しておらず、近年の血管内皮細胞における報告と一致した結果でした。したがって、加齢マウスにおいてどのように血管内皮細胞がSARS-CoV-2を取り込んだのか、また強い炎症応答が起こる原因は何であるのかは不明なままでした。
【研究手法とその成果】
本研究では加齢に伴い生理的に生じる細胞老化に着目し、老化した血管内皮細胞による細胞内へのSARS-CoV-2取り込みと誘導される炎症応答を解析しました。若い継代数の血管内皮細胞と細胞老化した血管内皮細胞を用いて、SARS-CoV-2付着量・取り込み量・複製量の評価、SARS-CoV-2レセプターの探索、ウイルスエンドサイトーシスの経時的なイメージング、炎症応答の評価を実施しました。さらに老化によって違いが生じるメカニズムの一部について阻害薬を用いた実験で解析しました。

図1. 若い血管内皮細胞に比較して、老化血管内皮細胞ではSARS-CoV-2(緑)取り込みが増強する
細胞内への取り込み機構であるエンドサイトーシスが重要である可能性を検討するために、まず超解像顕微鏡像を用いた血管内皮細胞によるSARS-CoV-2取り込みを視覚化しました。エンドサイトーシスマーカーとSARS-CoV-2ウイルスタンパク質を搭載するpseudovirusの共局在観察によって、血管内皮細胞によるエンドサイトーシスを介したSARS-CoV-2取り込みが示唆されました(図2)。さらに老化血管内皮細胞はウイルス検出量が多くなるほど炎症応答が強く起こることが分かりました(図3)。

図2. 肺血管内皮細胞においてSARS-CoV-2ウイルスタンパク質を搭載したpseudovirus(ピンク)がエンドソーム(緑)内に取り込まれている様子(矢印)を示す超解像顕微鏡像

図3. 老化血管内皮細胞はウイルス取り込み量に応じて炎症応答が強く誘導される
さらに解析を進めると、血管内皮細胞は細胞老化によってエンドサイトーシス能が亢進することが分かりました。さらに老化によるエンドサイトーシス能亢進は膜タンパクBSGの発現阻害によって抑制されました。またウイルスエンドサイトーシス能はVEGFによって亢進され、VEGF受容体シグナル阻害薬によって抑制されました(図4)。BSGはVEGF受容体の作用を増強することが知られています。これらの結果から、老化血管内皮細胞ではBSGを介したVEGF誘導性エンドサイトーシス能亢進が関与していることが示されました。そのためCOVID-19における血管障害の機序には、老化血管内皮細胞がSARS-CoV-2の取り込み増加、それによる過剰な炎症応答誘導が一因である可能性が考えられました。

図4. 老化血管内皮細胞のBSG及びVEGF作用を阻害するとウイルス取り込みが阻害される
【今後への期待】
抗BSG抗体がCOVID-19重症患者の予後を改善することが中国の臨床研究で示されています。これは気道・肺胞上皮細胞をターゲットとして検討されていますが、研究グループの今回の研究成果から血管炎症の抑制にも働いている可能性が考えられ、今後のin vivoにおける検証が期待されます。また近年では老化細胞の除去や老化形質の抑制を目的としたsenolytic薬やsenomorphic薬の研究が進められており、老化血管内皮細胞をターゲットとしたCOVID-19治療薬の開発も期待されます。
著者コメント
本研究結果により高齢者におけるCOVID-19重症化の機序の一つとして、加齢に伴う肺血管内皮細胞の細胞老化によるウイルスエンドサイトーシス増加と炎症応答誘導メカニズムの一部が示されました。高齢者における感染症の重症化制御に寄与する今回の知見は、新たなパンデミック発生時の対応や医療経済的にも重要と思われます。
本研究は北海道大学大学院医学研究院細胞生理学教室 大場雄介先生、藤岡容一郎先生、人獣共通感染症国際共同研究所・ワクチン研究開発拠点 澤洋文先生、大場靖子先生、佐々木道仁先生、藤田医科大学 樋田泰浩先生といった様々な専門の共同研究者の先生方と、なにより血管生物分子病理学教室の樋田先生、間石先生、松田先生、そしてラボメンバーの皆様の御協力を得て、論文にまとめることができました。この場をお借りして誠に感謝申し上げます。

人獣共通感染症国際共同研究所 BSL-3実験室での血管内皮細胞単離の様子

一番左が筆頭著者
活用したデータベースにかかわる
キーワード
COVID-19
血管内皮細胞
老化